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札幌地方裁判所 平成2年(ワ)1228号 判決

原告

梅井ひとみ

原告

井上めぐみ

右両名訴訟代理人弁護士

大萱生哲

窪田もとむ

伊藤隆道

山﨑博

被告

破産者株式会社クリエイティヴインターナショナルコーポレーション

破産管財人 高﨑良一

主文

一  原告梅井ひとみが破産者株式会社クリエイティヴインターナショナルコーポレーションに対し、札幌地方裁判所平成二年(フ)第六五号破産事件について、金一三万一九三九円の破産債権を有することを確定する。

二  原告井上めぐみが破産者株式会社クリエイティヴインターナショナルコーポレーションに対し、札幌地方裁判所平成二年(フ)第六五号破産事件について、金一〇万六八五〇円の破産債権を有することを確定する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

主文第一、二項と同旨。

第二事案の概要

一  要約

原告らは、いずれも株式会社クリエイティヴインターナショナルコーポレーション(以下「破産会社」という。)に雇用されていたが、同社が原告らに対する平成三年三月分及び四月分の賃金の支払をしないまま破産宣告を受けたので、破産管財人に対して右未払賃金債権につき破産債権の届出をしたところ、破産管財人は異議を述べたとして、同債権のうちその後に労働福祉事業団から立替払を受けた額を控除した未払部分(原告梅井ひとみにつき一三万一九三九円、原告井上めぐみにつき一〇万六八五〇円)につき、破産債権として確定を求めている。

二  争いのない事実

1  原告梅井ひとみ(以下「原告梅井」という。)は、平成元年四月一日から、原告井上めぐみ(以下「原告井上」という。)は、同年九月一日から、それぞれ破産会社が経営していた美容院「カットインひさし南二一条店」において、美容師として就労していた。

2  破産会社は、平成二年五月八日午前一一時五〇分、札幌地方裁判所より破産宣告を受け(平成二年(フ)第六五号破産事件)、被告がその破産管財人に選任された。

3  原告らは、平成二年三月分及び四月分の賃金の支払を受けていなかったため、同年五月二一日、原告梅井については三〇万円、原告井上については三八万円の各未払賃金債権につき破産債権の届出をしたが、被告は、同年七月一九日、これらにつき異議を述べた。

4  原告らは、その後、労働福祉事業団から、右未払賃金債権のうち、原告梅井については一六万八〇六一円、原告井上については二七万三一五〇円の立替払を受けた。

三  争点

原告らと破産会社との雇用関係の有無

(原告らは、破産会社が原告らの雇用主であると主張し、被告は、破産会社とは別人格である株式会社巨洲(以下「巨洲」という。)が原告らの雇用主であって、破産会社は巨洲から出向という形で原告らを受け入れていたにすぎないと主張している。)

第三判断

一  事実関係

巨洲及び破産会社の設立経緯、美容師の採用を巡る両社の関係、原告らの採用状況等についての事実関係は、概要以下のようなものであった。

1  巨洲及び破産会社の設立経緯等

(一) 高田久士は、昭和五二年一月二〇日、かねてから個人で経営していた複数の美容院を会社組織で経営することとし、有限会社北興商事(以下「北興商事」という。)を設立してその代表者となったが、その業績も順調に伸び、美容院数も増加したことから、化粧品、洗剤等の仕入、販売部門を独立させることとして、昭和五三年八月一〇日、本店所在地を札幌市中央区内とする株式会社美匠(以下「旧美匠」という。)を設立し、その代表取締役に就任した。(争いがない。)

(二) しかし、旧美匠は、専用の事務所や専属の従業員を持たず、独自の営業活動を一切行わない名目上の存在で、もっぱら北興商事の税務対策に利用され、節税の必要がない年度は休業中にするという実体のない会社であった。(争いがない。)

(三) その間、高田久士は、北興商事の名称が美容院にふさわしくないということから、昭和五六年八月三一日、北興商事を株式会社に組織変更するとともに、その商号を株式会社美匠(以下「新美匠」という。)に改め、その本店所在地を札幌市豊平区内の同人のマンションに置いた。(争いがない。)

(四) その後、高田久士らは、新美匠の経営する美容院「カットインひさし」チェーンの加盟店数も飛躍的に増大したことから、会社組織の整備を図ることとし、新美匠には直営店の管理を、旧美匠には加盟店の管理をそれぞれ担当させることとして、昭和五九年一月一四日、旧美匠の商号を株式会社巨洲と変更するとともに、その本店所在地を新美匠と同じ住所に移転し、その代表取締役には、高田久士の妻の兄に当たる五十嵐俊幸を、その他の役員にも右五十嵐の兄弟らを就任させた。(争いがない。)

(五) しかし、結局、巨洲も、専用の事務所や専属の従業員を持たず、設立時に意図されたチェーン加盟店の管理等の業務も一切行わないうえ、その代表者印等も新美匠の社員が管理するなど、会社としての活動実体を全く有せず、いわゆる休眠会社あるいはペーパー・カンパニーというべき存在であった。(争いがない。)

(六) 他方、新美匠は、平成二年一月二二日、株式会社クリエイティヴインターナショナルコーポレーションと商号が変更された。(〈証拠略〉)

2  美容師の採用を巡る新美匠と巨洲との関係等

(一) 新美匠は、昭和五九年の社会保険事務所による定期査察の際、「カットインひさし」チェーンの美容院に勤務する美容師らの間に社会保険未加入者の割合が異常に高く、問題であるとの指摘を受けた。しかし、高田久士ら新美匠の経営陣は、全従業員を社会保険に加入させると会社が負担すべき保険料が著しく増加し、会社の利益を大幅に圧迫すること、従業員の中には社会保険への加入を希望せず、その分だけ給料の手取額が増えたほうがよいと考える者も多数いたこと、美容師の職種は一般に定着率が低く、従業員の交替の都度社会保険手続をするのは極めて煩瑣であることなどから、右指摘の後も、全従業員の社会保険加入については消極的であった。(争いがない。)

(二) そこで、高田久士らは、すでに社会保険の適用申請をして全従業員の保険加入を義務づけられていた新美匠に代わり、社会保険の適用申請をしていない別会社に新美匠で使用する美容師をいったん採用させ、そこから新美匠に出向させるという形式をとることによって保険料の増加を回避することとし、そのために休眠中であった巨洲を利用することとした。(争いがない。)

(三) その際、高田久士らは、新美匠と巨洲の役員構成が同一であっては不都合であるとの判断から、新美匠の役員らには巨洲の役員を退任させ、義兄の五十嵐俊幸らを巨洲の役員に就任させたが、右五十嵐らは、単に名義を貸したという意識を有していたのみで、役員としての職務活動を全く行わず、その代表者印も新美匠の社員が管理し、必要に応じて、巨洲の唯一の株主である高田久士の意向に従って使用するという状態であった。(〈証拠・人証略〉)

(四) このような状況の下、「カットインひさし」チェーンの美容院で就労させる美容師の新規採用事務も、すべて新美匠の社員が行い、応募者のうち社会保険への加入を希望する者は新美匠の従業員として、加入を希望しない者は形式上巨洲の従業員として採用していたが、採用された美容師は、形式上の採用主体の区別なく全員新美匠の入社式に出席し、全く同一内容の就業規則を適用され、日常業務についても新美匠の社員である店長やマネージャーから指導監督を受け、給料の銀行振込みも新美匠の社名で行われるなど、社会保険への加入の点を除いては、全く同一の処遇を受けていた。(〈証拠・人証略〉)

(五) このような状態は、新美匠が株式会社クリエイティヴインターナショナルコーポレーションに商号変更され、同社が破産宣告を受けるまで継続していたため、形式上巨洲に採用された美容師の中には、破産宣告後まで巨洲の存在すら知らない者もいた。(〈証拠・人証略〉)

3  原告らの雇用関係等

(一) 原告梅井について

(1) 原告梅井は、北海道美容専門学校に在学中の昭和六三年秋、新美匠が同校を通じて行った翌年春の新規従業員募集に応じて、同社の採用試験を受けることとし、同社に対して入社希望の申込みをしたところ、同年一〇月二九日、同社から入社試験日の通知を受けた。(〈証拠略〉)

(2) 原告梅井は、同年一一月六日、新美匠の本部会議室で入社試験を受けた後、平成元年三月末、同社本部で同社社員小林忠による面接を受けて、採用されるに至り、同年四月一日には、他の新規採用者とともに同社の入社式に出席した。(〈証拠略〉)

(3) 原告梅井は、右入社式の当日から直ちに新美匠本部において三日間の新人研修を受け、その後、「カットインひさし南二一条店」に配属されたが、雇用条件、日常業務に関する指導監督、業務内容等はすべて新美匠の従業員と全く同一であり、月額一五万円の給料についても、当初は新美匠から、商号変更後はクリエイティヴインターナショナルコーポレーションから、直接銀行振込みの方法により支払を受けていた。(〈証拠略〉)

(4) 原告梅井は、右のような事情に加え、採用面接や入社式の際にも巨洲の存在につき何ら説明を受けなかったため、自己の契約上の雇用主が巨洲であるとの認識を有していなかった。(〈証拠略〉)

(二) 原告井上について

(1) 原告井上は、平成元年八月中旬ころ、以前勤務したことのある新美匠に再入社の申込みをし、同社の区域担当マネージャーである熊崎頼子の面接を受けて採用され、同年九月一日から「カットインひさし南二一条店」において美容師として勤務するに至った。(〈証拠略〉)

(2) 原告井上の勤務条件は、すべて新美匠の就業規則に従って決定され、日常の業務についても同社の社員である店長から指導監督を受け、出勤簿も同社のものをそのまま使用し、月額一九万円の給料についても、当初は新美匠から、商号変更後は、クリエイティヴインターナショナルコーポレーションから、直接銀行振込みの方法により支払を受けていた。(〈証拠略〉)

(3) 原告井上は、右のような事情に加え、採用面接の際にも巨洲の存在につき何ら説明を受けなかったため、自己の契約上の雇用主が巨洲であるとの認識を有していなかった。(〈証拠略〉)

二  法律判断

1  右一の各事実によれば、巨洲は、その設立当初から、専用の事務所や専属の従業員を持たず、もっぱら新美匠や高田久士ら同社役員の便宜のために設立された形骸のみの会社であるうえ、昭和五九年以降は、高田久士ら新美匠の役員によって、同社で使用する美容師に対する社会保険適用を回避するための手段として、その法人格が濫用されていたものであって、実質的には、巨洲は新美匠すなわち破産会社にほかならず、両社は一体のものであったと認めるのが相当である。

2  そうすると、原告らと破産会社との間には、雇用関係が存在していたというべきであるから、結局、原告らは、破産会社に対して、それぞれ平成三年三月分及び四月分の未払賃金債権を有しているということになる。

三  結論

以上によれば、原告らの本訴請求はいずれも理由がある。

(裁判官 草間雄一)

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